西行櫻
(さいぎょうざくら)
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ともあれ西行は、藤原氏を始めとする貴族が力を失い、同じ武家である平家が政権を握り、そして滅び、源氏が再び台頭し、奥州に栄えた藤原氏がそれによって滅ぼされた「盛者必衰の理」をすべてその目で見て、文治六年二月十六日、「願わくは、花の下にて春死なん、その如月の望月の頃」とかねてより望んだように、河内・葛城山の麓の山里で静かに最後を終えました。 西行の『現世に欲を覚えず、旅をそして自然を愛し、静かに去る』という生き方は、松尾芭蕉を始め、後世の多くの人々に影響を与えました。それは歌人文人に留まらず、広く私達日本人の心全てに行き渡ったのではないでしょうか。何故なら私達は今でも西行の歌に、また芭蕉の辞世の句「旅に病んで夢は枯野を駆け巡る」に共感を覚えるのですから… が、反面私などは天邪鬼なのでしょうか? 突然出家を思い立った西行には、妻子がありました。「その責任は?」と考えてしまいます。彼の美しい生き方の背後には、突然放り出された家族の驚愕・悲しみが隠されているのではないでしょうか。
謡では非常に美しく書かれていますが、どう言葉を飾っても、これは余り大人気のある行動とは思えませんよね。 この話の舞台となったのは、京都、大原野にある勝持寺、別名『花の寺』で知られるお寺です。西行は、ここで出家し、庵を結んでいたと言います。その時のエピソードが、この『西行櫻』だと言われています。 京都洛南・大原野に、勝持寺はあります。ここまでやって来ると、周囲はのどかな田園の風景となり、西行がここに隠れて住もうとした名残も感じられます。 バス停を降りて、山に向って緩やかな坂道を登って行くと勝持寺の入り口に着きます。
周囲が明るくなり、眺望が開けます。勝持寺はもうすぐそこです。 最後の石段は、左手が白壁に沿って続き、目前に小さな門が見えてきます。壁の向こうからは、桜が枝を突き出して、 「これが花の盛りなら、どんなにか美しいだろうなあ 」と、期待を持たせるような、憎い演出の入り口です。
そう、何年か前の、JR東海の春のCM「そうだ 京都 行こう。」 その撮影にも使われているのです。
毎日こんなに桜を一人占めにしていたとは、出家してもなんと風流な暮らしではないでしょうか。こんな所に暮らしていたら、それは皆うらやましくてやって来るでしょう。 花の下に、違う時間の流れているような、そんなお寺でありました。
京都から、阪急・東向日下車、阪急バスに乗りかえて南春日町下車、徒歩1キロ。 朝九時から拝観できます。ちょっと早起きして、西行の在りし日を偲んではいかがでしょうか。 |